2012年11月10日
雑賀庄
読売新聞夕刊に今月から連載している、津本陽さんの小説「忍者月輪」(にんじゃがちりん)
10回目の今宵は、織田信長の雑賀庄攻めの様子が書かれていた。

「鉄砲衆が海沿いの雑賀崎の岩山にたてこもった。」とあった。そしてこの挿絵があった。
月に2、3度は自転車で登り、昨日も海から見上げていた、灯台のある雑賀崎の岩の岬。
とても敵わないと諦めて、和睦をしながら退散した織田軍勢。歴史を感じる岬でもある。
10回目の今宵は、織田信長の雑賀庄攻めの様子が書かれていた。
「鉄砲衆が海沿いの雑賀崎の岩山にたてこもった。」とあった。そしてこの挿絵があった。
月に2、3度は自転車で登り、昨日も海から見上げていた、灯台のある雑賀崎の岩の岬。
とても敵わないと諦めて、和睦をしながら退散した織田軍勢。歴史を感じる岬でもある。
Posted by のりちゃん at 00:03│Comments(2)
│出来事
この記事へのコメント
司馬遼太郎の尻くらえ孫市で、信長の雑賀攻めを読みました。
雑賀崎には自転車で二度ほど行きました。
成程天然の湊という感じがしました。
石山合戦の前哨戦というのか、その本で、泉州の石山合戦、そこから、大阪夏の陣の戦場跡を自転車で回りました。
先日は、しまなみ海道で、村上水軍の博物館を見学してきました。
あとは、九鬼水軍の史料館なんかがあれば行きたいと思っていますが、あるかどうか知りません。
でも、雑賀崎は登りが大変だったのが記憶に残っています。
雑賀崎には自転車で二度ほど行きました。
成程天然の湊という感じがしました。
石山合戦の前哨戦というのか、その本で、泉州の石山合戦、そこから、大阪夏の陣の戦場跡を自転車で回りました。
先日は、しまなみ海道で、村上水軍の博物館を見学してきました。
あとは、九鬼水軍の史料館なんかがあれば行きたいと思っていますが、あるかどうか知りません。
でも、雑賀崎は登りが大変だったのが記憶に残っています。
Posted by nobi at 2012年11月10日 11:10
nobiさん♪
もしかして、淡輪とバヌアツを往復されているnobiさんでしょうか、
そうなら、お久しぶりです。ご無沙汰しております。
司馬遼太郎の尻くらえ孫市は私も読みました。とても愉快なお話でした。
雑賀崎にはご縁があって、月に2、3度自転車で通っております。
岬にある台場遺跡を守り、周辺を整備するボランティアの団体にいます。
灯台横の花壇と畑の手入れにも時々参加していて、馴染みの場所です。
和歌山市には雑賀孫市ゆかりの人・物・場所がいろいろあります。
ご近所の「矢の宮神社」は、雑賀衆の氏神さん。
孫市が使ったというほら貝が残されています。
雑賀衆鉄砲隊の根締め役は、実際の鉄砲鍛冶屋の出来(でき)さん。
雑賀衆甲冑隊もあって、手作り甲冑で和歌山をアピールしています。
私も自分の甲冑を作って、イベントに参加しております。
しまなみ海道は興味あります。自転車で通過する事が出来ると聞いて、
いつかは実現したいと思っております。
もしかして、淡輪とバヌアツを往復されているnobiさんでしょうか、
そうなら、お久しぶりです。ご無沙汰しております。
司馬遼太郎の尻くらえ孫市は私も読みました。とても愉快なお話でした。
雑賀崎にはご縁があって、月に2、3度自転車で通っております。
岬にある台場遺跡を守り、周辺を整備するボランティアの団体にいます。
灯台横の花壇と畑の手入れにも時々参加していて、馴染みの場所です。
和歌山市には雑賀孫市ゆかりの人・物・場所がいろいろあります。
ご近所の「矢の宮神社」は、雑賀衆の氏神さん。
孫市が使ったというほら貝が残されています。
雑賀衆鉄砲隊の根締め役は、実際の鉄砲鍛冶屋の出来(でき)さん。
雑賀衆甲冑隊もあって、手作り甲冑で和歌山をアピールしています。
私も自分の甲冑を作って、イベントに参加しております。
しまなみ海道は興味あります。自転車で通過する事が出来ると聞いて、
いつかは実現したいと思っております。
Posted by のりちゃん
at 2012年11月11日 00:11
